引っ越しの話から始まる。それだけ聞いたら、なんてことない青春小説のように聞こえるかもしれない。でもこれは伊坂幸太郎だ。そんなわけがない。
『アヒルと鴨のコインロッカー』は面白いのか?超短い本音
面白い。でも「面白い」という言葉が軽く感じるくらいには、読後に残る感情は重い。胸の奥にひっかかって、しばらくとれない感じ。
あらすじ――仙台で始まる、奇妙すぎる共謀
大学入学を機に仙台へ引っ越してきた椎名は、新しいアパートで新生活を始めようとしている。ごく普通の、それだけの話のはずだった。
ところが、隣の部屋に住む河崎という男が現れて、その日常が一気に傾く。河崎はいきなり椎名に言う。「一緒に本屋を襲わないか」と。
本屋を。襲う。
目的は一冊の広辞苑を盗み出すこと。意味が分からない。でも椎名は、気づけば巻き込まれていく。河崎には理由がある、らしい。ブータン人留学生のドルジ、そして河崎が思いを寄せる女性・琴美。彼らの関係と過去が、少しずつ、少しずつ、姿を現してくる。
物語は「現在」と「二年前」が交互に描かれる構造になっていて、読み進めるうちに「あれ、これってそういうことだったのか」という瞬間が何度も来る。それが積み重なって、ラストで一気に結ばれる。
伏線とよく言われるけど、それ以上だと思う。全部が最初から設計されていたという感覚。読み終えたあと、冒頭に戻りたくなるやつ。
読んでいる間の体感について
正直に言うと、序盤は少しとっつきにくい。河崎の言動がすぎるし、椎名も流されすぎじゃないか、と思う場面もある。でもそれが途中から変わる。「この人、なぜそんなことを言うんだろう」という引っかかりが、気づいたら「早く続きを読みたい」という感覚に変わっていた。最後に答えが激流のように押し寄せる。
伊坂幸太郎らしく文章のテンポが独特で、会話が多くて軽いのに、その裏側に重いものが流れている。笑えるシーンもある。でも笑いながら、どこかで息を詰めている。
河崎という人間が、本当によく分からない。魅力的なのか、危ういのか。信じていいのか。そのまま最後まで連れていかれる感じがして、途中で本を置けなかった。
こんな人におすすめ
– どんでん返しや伏線回収が好きな人
– 友情や信頼を、綺麗に描かれすぎずに読みたい人
– 仙台という街に、なんとなく親しみや興味がある人
– 伊坂幸太郎を読んだことがなくて、最初の一冊を探している人
– 映画化作品を先に観てしまって、原作も気になっている人
この作品の楽しみ方
紙でじっくり読む派へ
手元に置いて、行ったり来たりしながら読んでほしい。
今すぐ読み始めたい派へ
続きが気になって止まれなくなるタイプの本なので、Kindleで隙間を縫って読むのも合っている。
あわせて読みたい関連作
『死神の精度』(伊坂幸太郎)
同じ著者。死神が主人公という設定のわりに、どこか飄々としていて読みやすい。でも最後に残るものは、軽くない。伊坂作品の「楽しいのに、しんどい」という感覚が好きになった人には、たぶん刺さる。
『ナラタージュ』(島本理生)
毛色はまるで違う。でも「知らない土地で、知らなかった自分に出会っていく」という感触が、どこか重なるところがある気がして。こちらは恋愛小説で、読後の痛みも全然違うけど、続けて読むと何か面白いものが見えてくるかもしれない。
読み終えたとき、あの街に行きたくなる
仙台に行ったことがある、住んでいたことがある人、ゆかりのある人には、伊坂幸太郎作品は絶対におすすめしたい。
そして映画版を観た人なら尚更、あのシーンをリアルに思い描けるだろう。伊坂氏の仙台への愛がよくわかる。
この本を読み終えたとき、あの街のなんでもない道を、誰かと並んで歩いているような気持ちになった。その誰かが何を考えているのか、最後まで完全には分からなかったけれど。




