アガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』に改訳版が出ていた。読みやすい。
何気なく本棚に手を伸ばした。別に読むつもりもなかったのに、気づいたら最初の数ページを過ぎていた。
アガサ・クリスティー『そして誰もいなくなった』は面白いのか?
ミステリの大定番だから、読んだ人も大勢いるだろう、けど、読みづらくて途中でやめた人も結構いるのではと推測している。ちょっと古典すぎて若者には読みづらいのだ。
おもしろくないと感じた人は、翻訳文体に振り回された可能性がある。日本語だって時代を経て変わっていくのだから。
しかも読まなくてもなんとなく話を知ってしまっている。
なぜか。
なんせネタバレどころか、たくさんの作家、漫画家、映画やドラマにオマージュされまくっているんだから、テレビや漫画でその「仕組み」には、はからずも出会ってしまうのだ。
避けて生きるには通信の断たれた孤島に移住するしかない。
アガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』は、世界で最も売れたミステリー小説のひとつ。そう聞くと逆に身構えてしまう人もいるかもしれない。
名作って、なんか重くない?義務感で読む感じになったりしない?
とても共感できる。学校で勉強した「読むべき名作」みたいなのってむしろそのせいで読むの遠ざける性格ゆえ。
でも、この作品に関しては、そんな心配最初の章で消える。
あらすじ:孤島に10人が集められたそれだけでもうおもしろい
舞台はイギリス沖の孤島、インディアン島。
そこに招待されたのは10人の男女。お互いにほとんど面識がない。ある者は著名な裁判官、ある者は元軍人、ある者は若い女性、ある者は医師。それぞれ異なる経緯でこの島に招かれ、豪華な屋敷に集まる。
最初は、ちょっと変わったパーティーのような雰囲気。
でも招待主は現れない。
そして一夜明けると、ひとりが死んでいる。
事故か、それとも——。
逃げようにも島は孤立している。嵐が来れば、外の世界との連絡も途絶える。そして10人を並べた一枚の童謡の詩が、屋敷のどこかに飾られていた。詩が刻む「数」と、現実に減っていく人数が、少しずつ一致し始める。
10人が9人になり、9人が8人になり。
逃れられない、人間なんて探せば後ろ暗いことの一つや二つ、あるものだ。
次は自分の番かもしれない——。
外部からの犯人という逃げ道はない。犯人は、この10人の中にいるはずなのに、誰も死ぬ前後に怪しい行動を取っていない。アリバイがある。動機もはっきりしない。なのに、死は続く。
これは密室ではなく、「孤島全体が密室」という構造で、その閉塞感が読んでいるこちらにまで伝染してくる。
ページをめくるたびに、信用できる人間がひとりずつ減っていく感覚。誰を信じていいかわからない、というのが比喩ではなく、どんどん追い込まれていく。
読んでいる間の「体感」の話
血の描写が多いわけでもない。怖いわけではない。ただ、「人間を疑い続ける」という行為がこんなに消耗するのかと思った。
登場人物が10人いると聞くと多く感じるかもしれないけど、読み始めると意外にそれぞれがちゃんと頭に入ってくる。クリスティの筆力なのか、キャラクターに妙なリアリティがあって、「この人が犯人かも」「いや、違うか」と何度も読み返したりする。
そして最後の数ページ。
何も言えない。でもあの着地の仕方は、ミステリーを読み慣れた人でもたぶん一度は立ち止まると思う。
うまい、というより、こういう仕舞い方あるのかという感じ。
きっと数多のミステリ作家を悩ませたことだろう。あの時代にあんなに早く黄金率を叩き出されてしまったら、後に続く作家は同じ手は使えなくなる。作者を尊敬すればするほど、新しいトリックと展開を後世の作家たちは自分で生み出さなければならなくなったのだから。
こんな人におすすめ
– 昔読んでみようと思ったけど、読みづらくて途中でやめた人(一番おすすめしたい)
– 名作ミステリーをこれから読みたい、一冊試してみたい人
– 犯人探しだけでなく「全体の構造」にも思考を巡らせたい人
– 長編を読む時間はないけど、読み応えは欲しい人
– 夜中に読み始めて後悔したい人
この作品の楽しみ方 〜不朽の名作に改訳版が出た!〜
2025年に文庫にも改訳版が出てる。
新しい表紙、時代に合わせて読みやすくなっているので、読んでほしい。
そして昔読んだという人も、あの物語の世界を現代の言葉でもう一度楽しんでほしい。
あわせて読みたい関連作
『オリエント急行の殺人』 / アガサ・クリスティ
密室、というより「密室列車」。こちらも逃げ場のない空間で起きる殺人で、探偵ポワロが謎を追う。最後の「答え」の出し方が、クリスティらしさの極みだと思う。『そして誰もいなくなった』を読んだ後に読むと、作者の「仕掛けへの執念」みたいなものが見えてくるかもしれない。
『ナイルに死す』 / アガサ・クリスティ
舞台はエジプト、ナイル川を下る船。開放的な景色の中で起きる密室的な状況、という対比が面白い。登場人物の関係性が複雑で、「誰が誰を憎んでいるのか」を整理しながら読む楽しさがある。旅情と謎解きが同時に来る。
翻訳の評価が高いハヤカワ文庫 クリスティー文庫の〔新訳版〕がおすすめ。
読み終えた夜のこと
10人が招かれて、10人が何かを背負っていて、その結末があの形になること。クリスティが何十年も前にこれを書いたという事実。
名作と呼ばれる本には、読んだ後に「時間が経っても消えない何か」が残ることがある気がする。この本はそういう一冊だ。なんなら海外の人とも感想を共有できる、シャーロック・ホームズと共に、ミステリにおける教養といっても過言ではない。
読んでおいて損はない。


