そんな大袈裟な話ではないのだ。
どの学校にもひとりくらいいそうな女の子の話、なのだが……。
本屋大賞2024年第2位。発売直後から書店員が次々に手書きPOPを作り、SNSで「成瀬のことが好きすぎる」という声が溢れた。静かに、しかし確実に読者を増やし続けている一冊だ。
宮島未奈のデビュー長編。これを読まずに2024年の小説は語れない。
宮島未奈が選んだ大津ゆえのリアリティ
舞台は滋賀県大津市。主人公は中学2年生の成瀬あかり。
滋賀県大津市という土地の選び方が、まず巧い。
京都の隣にありながら「何もない」と地元民が自嘲する街。琵琶湖があって、近江神宮があって、でも東京からわざわざ観光に来る人は少ない。
リアルなのだ、日本のほとんどの人が身に覚えのある感覚、知らない街なのに匂いがわかる。
その「何もなさ」が、成瀬あかりという少女を際立たせる。彼女は「天下を取る」と宣言しながら、大津でアイスを食べ、図書館に通い、友達と自転車を走らせる。壮大な野望と、限りなく普通の中学生活。このギャップが読者を掴んで離さない。
宮島未奈は大津出身。地元の空気を知り尽くした作家だけが書ける固有名詞の使い方がある。チェーン店の名前、駅の距離感、方言の混ざり具合。それらが積み重なって、成瀬の世界を本物にしている。
読みやすいからといって、軽く捉えると騙される
中学2年生の成瀬あかりには、親友の島崎みゆきがいる。みゆきは成瀬の「天下を取る」発言を真に受けている唯一の人間だ。
ある日、成瀬は「西武大津店が閉店する前にパフェを食べに行く」と言い出す。理由は単純で、食べたいから。でもその行動が、思いがけない出会いと展開を生む。次の話では、夏休みに図書館で借りた本をめぐって、小さな事件が起きる。また別の話では、バレーボール大会で成瀬が見せた行動が、クラス全体を巻き込んでいく。
連作短編という形式。一話ごとに語り手が変わる。成瀬本人、親友のみゆき、クラスメイト、先生、家族。それぞれの目を通して、成瀬あかりという人間が多面的に浮かび上がる仕組みだ。
十代向けのライトノベルのような読みやすさ。それでいて純文学のような狂気が埋め込まれている。
成瀬から眼が離せない。
結末にたどり着く前に、説明不可能な感動が沸き起こってくる。
こんな人に刺さる
– 「普通」という言葉に息苦しさを感じたことがある人
– 地方都市で育った記憶がある人
– 友達の些細な発言を、何年も覚えている人
– 「中学時代は黒歴史」と笑えない人
– 誰かの本気を、一度でも信じたことがある人
この作品の読み方——いつ、どこで開くか
土曜の午後、自宅で。窓を開けて、風を入れながら。飲み物はアイスコーヒーがいい。成瀬が食べるアイスやパフェの描写が妙にリアルで、冷たいものが欲しくなる。
連作短編だから、一話ずつ区切って読むこともできる。語り手が変わるたびに「ああ、あの場面はこう見えていたのか」という発見がありおもしろい。
また、この作品に関してはオーディブルもおすすめ。読みやすいイコール、聞きやすい。
読んだあとに手に取りたい2冊
『君のクイズ』(小川哲)
クイズ番組を題材にしながら、「人はどう考え、答えに辿り着くのか」を描いた知的エンタメ小説。
シンプルな設定なのに、一問の謎を追ううちに止まらなくなる。
成瀬は天下を取りにいくが好きな人なら、この作品の唯一無二の“感覚”もきっと刺さる。
詳しいレビューはこちら↓

『汝、星のごとく』(凪良ゆう)
瀬戸内の小さな島を舞台に、不器用な高校生ふたりの恋と人生を丁寧に描いた青春小説。
キラキラした青春だけではなく、将来への不安や家庭の事情、ままならない現実も織り込まれていて、読んでいるうちに登場人物たちのことが他人とは思えなくなってくる。切なさはあるのに、読後は温かい。
成瀬を信じるかどうか、それだけ
読後、というか途中から感動している自分に気づくのだが、やっぱり何に感動しているのかは言語化できない。
感動させようとか泣けるとか、そもそもそういう話ではないのに。
けれど魅かれてしまう。魔法のような魅力がこの小説にはある。誰もがきっと成瀬を好きになる。
成瀬シリーズとして続編も好調の様子。

