読む時なんとなく背筋が伸びる。
あの教官に見られているような気がして。ページをめくる手を止めてふと顔を上げたとき、自分の部屋なのに、どこかに監視されているような錯覚があった。
木村拓哉主演で実写化され、そちらも話題となった。
ドラマも映画も見たけど、あの音楽がじわじわ怖いよね。
長岡弘樹が仕掛けた「篩(ふるい)」の話
作者の長岡弘樹は、もともと短編ミステリの書き手として知られていた。『傍聞き』で日本推理作家協会賞を受賞した、その人だ。だから『教場』が連作短編の形式をとっていることに、読み始めてすぐ気づく。一話ごとに主人公となる訓練生が変わる。視点が変わる。そして毎回、誰かが「篩い落とされる」。
その構造がさまざまな人間の業を炙り出す。
一話目が終わった時点でわかる。この小説は、誰かの成長を温かく見守るタイプの話じゃない。そういう居心地のよさを、最初から差し出してこない。代わりにあるのは、冷たく澄んだ緊張感。読んでいるこちらまで、何かを試されているような気持ちになってくる。
長岡弘樹は、読者を甘やかさない。
それがまず、この小説の輪郭だと思う。
警察学校という「密室」で起きること
舞台は警察学校。新任の訓練生たちが、職務につく前の半年間を過ごす場所だ。
そこに、風間公親という教官がいる。
冷たい。無表情に近い。笑わない。感情的にならない。でも、何もかも見えている。訓練生たちの言動を、ほとんど全て把握している。まるで最初から答えを知っているかのように、ただ静かに待っている。
各話の主人公となる訓練生たちは、それぞれに事情を抱えている。隠したい過去、誰にも言えない秘密、警察官になろうとした動機。彼らが警察学校という閉じた環境の中で、それを抱えたまま日々の訓練を乗り越えようとする。
でも、風間はそれを知っている。あるいは、知ろうとしている。
そしてある日、何かが起きる。小さな事件。人間関係のほつれ。誰かの嘘。
そこから先は読んでもらうしかないのだけれど。
こんな人に届いてほしい
– 警察小説やミステリは好きだけど、最近マンネリを感じている人
– 「読み始めたら止まらなかった」という体験をしばらくしていない人
– 連作短編が好きな人。一話完結のリズムで読みたいけど、続きも気になりたい人
– 人間の「隠し事」や「本音」をえぐる心理描写が刺さる人
– ドラマ版を見て気になっていたけど、原作にまだ手を出していない人
この本とどう向き合うか
紙か電子か。
これは紙で読んでほしい。理由はシンプルで、ページをめくる物理的な動作が、この小説の「重さ」と合っている。一話が終わるたびに、少し間を置く。その余白が、話の余韻を引き伸ばしてくれる。電子書籍でも面白いのは間違いない。
読む時間帯。
通勤電車でも読めるし、話がオムニバスに近いから、実際読みやすい構造ではある。でも、風間という人物の重さは、雑踏の中では半分しか届かないかもしれない。
引き込まれます。週末の午後に読み始めて、気づいたら深夜になっていた、という読み方も、たぶん正しい。
あわせて読むなら
『傍聞き(かたえぎき)』長岡弘樹
同じ著者の短編集。こちらの方が先に読んでもいい。「この人の視点の置き方はどこから来ているのか」が、少しわかる気がする。『教場』を読んで長岡弘樹が気になったなら、迷わずこちらへ。
『64(ロクヨン)』横山秀夫
警察組織の内部を、別の角度から抉る一冊。『教場』が「個人」を見る小説だとすれば、こちらは「組織」を見る小説だ。重さの種類が違うけれど、読後に残るものはどこか似ている。『教場』のオビ書かれたのもこの方。
風間公親は、まだそこにいる
本を閉じても、あの教官の気配が消えない。
これが褒め言葉かどうか、少し迷う。怖いのは本当だし、読んでいる間ずっと緊張していたのも本当だ。でも読み終えて、また最初のページを開きたくなる。あの冷たい視線の意味を、もう一度確かめたくなる。
そういう本は、多くない。




