ミステリー小説を読むとき、いつも最初の数ページで「あ、これは当たりだ」と感じる瞬間がある。なんとなくわかるのだ、空気感で。ページをめくる手が少しだけ早くなって、気づいたら姿勢が前のめりになっている。今村昌弘の『屍人荘の殺人』は、その「当たり」の感触がやってくるのが、読み始めてわりとすぐだった。
『屍人荘の殺人』はミステリー初心者でも楽しめる?
結論から言うと、楽しめると思う。ただ、こういう本に出会ったことがない人は、少し覚悟しておいてほしい。
舞台は、大学のミステリー研究会。主人公の葉村譲は、推理小説好きが集まるこのサークルで、天才的な観察眼を持つ剣崎比留子と出会う。ふたりは夏合宿として、山の中にある「紫湛荘」へと向かうことになる。
自然豊かな山荘。他の合宿グループも集まる賑やかな場所のはずだった。
のはずだった、のだ。
物語の序盤、ある「出来事」が起きる。これが何なのかは書けない。書けないが、この出来事によってすべてが変わる。外へ出られなくなる。助けを呼べなくなる。そして、その閉じ込められた空間の中で、殺人事件が起きる。
密室。孤立した建物。逃げ場のない人間たち。
そういうミステリーなのだが、「序盤の出来事」の性質が、普通のクローズドサークルものとは一線を画している。それが何なのかを知ったとき、たぶん一度本を置くと思う。え、そういう話なの、と。
読んでいる最中の「体感」について、少し正直に言う
読み始めてしばらくは、ゆるやかだ。大学生たちのやり取りがあって、比留子というキャラクターの面白さが少しずつわかってきて、旅の気分のまま話が進む。
それが、ある場面で急に変わる。
空気がぐっと重くなる感じ、というのが正直なところで、「あ、本当に逃げ場がないんだ」という認識が身体に染み込んでくる。登場人物と一緒に閉じ込められていく感覚、とでも言えばいいか。地の文を読んでいるのに、なぜか息が浅くなる。
そして殺人が起きてからは、怒涛。
比留子が動き始める。彼女の推理は鮮やかで、かつ冷静で、でもどこか人間くさい。完璧な名探偵ではなく、状況の中で必死に考えている感じがある。必死。そこがいい。
犯人は誰か、というミステリーとしての核はもちろん機能しているのだが、それ以上に「この状況がどう解決するのか」という別の緊張感が最後まで持続する。二重の謎、という感じに近い。
ラストで伏線が回収されていくとき、少し前のページに戻って「あ、ここか」と確認してしまった。一回では気づけなかった。そういう作りになっている。
こんな人におすすめ
– クローズドサークルのミステリーが好きで、でも「また同じ感じか」と飽き始めている人
– ジャンルの境界線が曖昧な小説を面白いと思える人
– キャラクターに感情移入しながら謎を解きたい人
– 読み終わってから「あの場面は……」と考え続けてしまうのが好きな人
– 一気読みしても後悔しない夜を探している人
この作品の楽しみ方
できれば、事前情報はなるべく少ないまま読み始めてほしい。「序盤の出来事」が何なのかを知らずに読む体験は、一度しかできないから。
あわせて読みたい関連作
『アクロイド殺し』/アガサ・クリスティー
密室と孤立した空間の中で、読者の「わかったつもり」を静かに崩していく。『屍人荘の殺人』と共通する「ミステリーの構造で遊ぶ」感覚がある。クリスティーがまだ未読なら、ここから入っても後悔しないと思う。
『十角館の殺人』/綾辻行人
不気味な館、孤立した集団、連続する死。こちらは館そのものが「謎の一部」になっている作品で、読後に似た余韻が残る。どちらを先に読んでも、もう一方が読みたくなるはずだ。

屍人荘の殺人、いまだに話題になってる
紫湛荘、自分があの場にいたらどうする?
物語の舞台として機能しているだけでなく、あの状況があの事件を生んだ、という必然性みたいなものが、じわじわと後から効いてくる。映画化もされているが、活字で読んだときの「閉じ込められ感」は、やっぱり本でしか味わえないものだと個人的には思っている。
SNSでも読了後の考察がいまだに流れてくる。それだけ、読んだ人が誰かと話したくなる本なのだろう。
話したくなる気持ち、わかる。でも、ネタバレだけはしないように。




