作者、現場にいたんじゃないか。
いや、もっと嫌な言い方をするなら、一度あちら側まで降りて戻ってきた人間が書いているんじゃないか。そんな錯覚を覚えるほど、この小説の暴力は生々しく圧倒的。
第165回直木三十五賞、第34回山本周五郎賞 受賞、『このミステリーがすごい!2022年版』国内編2位など数々の賞を獲っている作品で、最近コミカライズもされている。
読んでいる間、何度か無意識に肩へ力が入っていた。ページをめくる手が止まる瞬間もあった。それでも読むのをやめられない。怖いのに、目を逸らせない。そういう小説だ。
テスカトリポカで佐藤究が掘り起こしたもの
テスカトリポカ を読むまで、佐藤究 を熱心に追いかけていたわけではなかった。名前はもちろん知っていた。芥川賞作家、という認識もあった。でもどこかで、「まあ、そのうち読めばいいか」と思っていたのだ。
いまは少し後悔している。もっと早く読んでおけばよかった、という意味で。
この小説には、現代社会の暗部と、はるか昔の神話的な時間が同時に流れている。アステカ文明の神々。臓器売買。麻薬カルテル。川崎の片隅で生きる人間たち。それぞれまったく別の場所にあるはずのものが、読むほどに一本の線でつながって見えてくる。
ジャンルで言えばクライムノワールなのだと思う。でも、読み終えたあとに残る感覚は、もっと説明しづらい。犯罪小説を読んだというより、人間の暴力性そのものを長時間見せつけられた感覚に近い。
生と死。供物と暴力。
それを「古代から続く人間の本質」と断言するわけでも、「現代社会の歪み」と整理するわけでもない。ただ事実として並べていく。その淡々とした描き方が、この小説の不気味さにつながっている。
三つの世界が、一点に向かって収束していく
メキシコ。川崎。そしてアステカ神話。
物語は複数の人物と土地を行き来しながら進んでいく。麻薬カルテルの抗争から生き延びた男。川崎の片隅で息を潜めるように暮らす少年。その人生が少しずつ、けれど確実に近づいていく。
読んでいる側は途中で気づく。「ああ、これはどこかで必ずぶつかる」と。でもどうなるかは予測不能。
詳しくは書けない。
幸・不幸、善と悪、そんな薄っぺらいものにカタルシスを求める「自称・本好き」の人間を700ページ越えの鈍器で次々と薙ぎ倒していく。そして、現代の安全な国で安寧と生きている平和主義者がこの物語に興奮しているという事実に読者自身が困惑する。
だから読後感が独特なのだと思う。爽快感ではない、ざらついた後味が残る。
暴力描写はかなり容赦ない。血も出るし、内臓の描写も多い。人によってはかなりしんどいと思う。ただ、それらが単なる刺激として置かれていないのがこの作品の特徴だ。
古代の儀式と現代の犯罪が結びついたとき、暴力そのものに妙な説得力が生まれてしまう。
読み終えたあと、疲れている。ものすごい暴風に見舞われながら歩き続けた後みたいに。
こんな人に、この本は刺さると思う
– 骨太のクライム小説を探している人
– エンタメと文学、その境界を軽々と越えてくる作品に惹かれる人
– 世界文学的なスケールの大きさを求めている人
– 暴力や死を「消費物」ではなく、人間の本質として描いた物語を読みたい人
– 神話や歴史、異文化が現代と接続されるタイプの作品が好きな人
– 主人公補正された物語などつまらないと思う人
読むの怖いなと思う方でも、北野武の映画アウトレイジを笑って観られる人は大丈夫。
ミステリが好きでも、純文学が好きでも、どちら側からでも入っていける。そういう間口の広さはある。ただし、読み心地は決して軽くない。
テスカトリポカは長編。没入して読むべし
紙で読むことをすすめたい。今は文庫も出てるけど、ハードカバーが一番似合う。
物理的な厚みを手に持って読んだほうがいい気がする。ページ数の重さが、物語の重量と重なる。「まだこんなにある」と思いながら読むのが、たぶんこの小説の正しい体験に近い。
通勤電車や昼休みに読むこともできるけれど、没入するには静かさが要る。周囲の音が遮断された時間帯のほうが、この小説の暗部に引きずり込まれやすい。
良い本特有の、あの、ふっと本から顔をあげた時に現実との落差があってちょっとびっくりする体験ができる。
一点注意書き。
ルビ(振り仮名)が多い作品でもあり、老眼の方、小さい字がしんどい方は電子書籍おすすめ。
あわせて読むなら
『Ank: a mirroring ape』/ 佐藤究
同じ著者の直木賞候補作。こちらも暴力と生物学的な恐怖を扱った作品で、『テスカトリポカ』を読んで佐藤究の筆力に引き込まれた人には迷わずこちらを。
ゲームの王国 / 小川哲
国家、思想、暴力。人間が集団になることでどこまで変質していくのかを、圧倒的なスケールで描いた長編。『テスカトリポカ』とは題材こそ違うものの、「暴力を単なる刺激ではなく、人間の本質として描いている」という点で強く通じ合っている。エンタメとしての推進力も抜群。
読んだあとも、物語は体の中にある
力のある本は忘れない。読後だいぶ経つが。
ふとした瞬間にその名が頭に浮かぶことがある。テスカトリポカ。煙を吐く鏡。それが何を意味していたか、反芻するたびに少しずつ輪郭が変わる。
この物語は、読み終えてもずっと続いている。
世界の片隅で、私たちから見えない場所で、今もまだ動いている。




