『俺ではない炎上』:SNS社会の恐怖を突きつける現代サスペンス

明日の朝、自分の名前がタイムラインを流れている。知らない人間たちが、自分の写真に「最悪」「消えろ」と書き込んでいる。何もしていないのに。 この小説は、そういう悪夢を書いている。 

浅倉秋成の『俺ではない炎上』は、2022年「このミステリーがすごい!」国内編第8位、2023年本屋大賞ノミネート作品だ。受賞歴より先に伝えるべきことがある。

読み終えた後、SNSのタイムラインを見る目が変わる。
それが本作の正体だ。

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目次

浅倉秋成と『俺ではない炎上』小説の概要

浅倉秋成は「信頼を崩す」作家だ。
登場人物のひとりひとりが嘘をついているかもしれない構造の中で、読者は誰を信じるかを常に問われる。

その手法は『六人の嘘つきな大学生』で広く知られることになったが、本作ではその射程がSNS社会全体に向けられた。 
本作の構造は多視点サスペンスで、ひとつの「炎上」が複数の人間の生活を侵食していく様子を、被害者・加害者・傍観者それぞれの視点から描く。
読み進めるうちに各人の「立場」が揺らぎ始め、事件の全貌が最後まで確定しない。 単純なSNS批判小説ではない。「善意が暴力になる構造」を精密に解体した、2022年を代表するミステリーだ。

『俺ではない炎上』あらすじ(ネタバレなし)

会社員・吉岡亮介のSNSから、ある日突然、女性への犯罪行為を示す投稿がなされる。

本人は何も知らない。
しかし拡散は止まらない。 勤務先に苦情の電話が鳴り止まず、家族の日常も崩れ始める。
吉岡は真犯人を探して動き出すが、調べるほどに不気味な一致が積み上がっていく。
同じような手口で人生を破壊された人間が、他にもいるのだ。 

やがて視点は切り替わる。別の被害者、別の立場の人間。
誰の証言も、最後まで信じてはいけない。
この炎上を仕組んだのは誰で、なんのためなのか。答えは、予想した場所にはない。

登場人物と構造の整理

本作は複数の視点人物が交互に語る形式を取る。 

吉岡亮介は物語の起点となる人物で、炎上の最初の「被害者」として登場する。
地方在住の中年会社員で、特別なことは何もしていない普通の男だ。

この「普通さ」が重要で、読者に「自分でも起こりうる」という圧迫感を与える。
 吉岡以外にも、炎上という現象のそれぞれ異なる側面に立つ人物が登場する。
彼らの視点が積み重なることで、事件の全体像が少しずつ形を変えていく。
最初に「この人物は被害者だ」と感じた判断を、読み終えるまで保留しておくのがこの作品の読み方だ。

「炎上」というモチーフが問いかけるもの

この小説が描く炎上は、ただの誹謗中傷ではない。精巧に設計された「罠」だ。
 仕掛ける者がいて、広める者がいて、燃やされる者がいる。
しかし「広める者」は悪意を持っていないことが多い。
正義感で投稿する。怒りでシェアする。同情でコメントを残す。
全員が自分は正しいことをしていると思いながら、一人の人間の人生を燃やしていく。
 読みながら、自分もその「仕組み」の一部であることに気づく瞬間が来る。
それがこの作品の核心だ。
加害者は、鏡の向こうにいる見知らぬ他人ではない。

タイトル『俺ではない炎上』の意味を考察

「俺ではない」は証明できない言葉だ。
 無実の主張は、SNSの炎上において声量で負ける。
反論するほど注目が集まり、否定するほど疑いは深まる。タイトルはその構造を8文字で完結させている。 

もうひとつ、「炎上」という言葉の二重性に注目したい。
SNS用語としての炎上は、誰かが火をつけ、多くの人が燃料を投じる現象だ。
しかし「炎上」の「炎」は、文字通りの火でもある。何かが燃えることで、隠れていたものが浮かび上がる。
焼かれることで、残るものがある。
本作のラストを読んだとき、このタイトルのもう一方の意味が刺さってくる。

『俺ではない炎上』こんな人に刺さる

– SNSの炎上事件に恐怖を感じたことがある人
– 多視点ミステリーで、誰も信用できない緊張感が持続する作品を探している人
– 「じわじわと足元が崩れていく」恐怖が、どんでん返しより怖いと思う人
– 浅倉秋成を初めて読む人(本作から入っても問題ない)
– 社会派とエンタメが高水準で両立した、読み応えのある作品を求めている人

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読んだあとに手に取りたい2冊

『medium 霊媒探偵城塚翡翠』相沢沙呼

情報の「見せ方」で真実が変わる構造において、本作と最も相性がいい一冊。読者の信頼を精密に積み上げ、それごと崩す叙述トリックの完成形だ。「誰も信じてはいけない」という読書体験を、別の角度からもう一度味わえる。

『六人の嘘つきな大学生』浅倉秋成

浅倉秋成の名を広めた前作。「全員が嘘をついている」前提で始まる就職選考ミステリで、人物への信頼の組み立て方と崩し方において本作と同じ骨格を持つ。本作が初・浅倉という人は、読後にこちらを読むとその作家性の輪郭がくっきりする。

浅倉秋成という作家の射程

タイトルの「俺ではない」という否定形が、最後まで重くのしかかる。
否定すればするほど疑われる構造。無実を証明する難しさ。

この小説を閉じた後も、SNSは続いている。 タイムラインに炎上の煙が見えるたびに、あの構造が頭をよぎる。
「仕掛けた者は誰か」「広めている自分は何者か」。
これほど読了後も現実に干渉し続ける小説は、そう多くない。
 浅倉秋成は正義感という感情の危うさを、エンタメの密度を保ちながら真正面から書いた。
SNSが日常である限り、この作品は古びない。読み時は、今。

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